adacheezのブログ

アダチユキという人間を明らかにするために開設しました。特に読むメリットはないかもしれないです

おかねとじかんのこと

生活にはやっぱりお金がないと生きていけないと思います。というか、お金のある生活がしたいんだと思います。

 

ホリエモンこと堀江貴文さんは「お金はなくても生活できるのに多くの人はお金に執着しすぎている」となにかとインタビューやYoutubeでよくおっしゃっていました。

私もその一人だと自覚しています。お金のある生活に慣れてしまって、お金が無いと生きていけないと思っているんです。

では、何のために・何によって稼いでいるのか、お金と行動の関係やお金の意味を自分の経験から考えてみたいと思います。

 

まずは「何のため」にお金を稼ぐのか、これは「幸せになるため」だと思います。

私にとっての幸せとは、「有意義な時間を過ごすこと」です。

例えば、大切な人と美味しい食事を楽しむ時間であったり、美術館や映画館で知識や心を豊かにする時間であったり。このような時間を過ごしている時、私はとても幸福です。そして、このような時間を過ごすためには、ある程度のお金がないといけません。なので私はそのために稼ぎたいと思っています。

 

では、稼げたら何をしてもいいのか、というと、私はそうではありませんでした。これが「何によって」稼ぐかです。

ここでも私自身が意味を見出せる事柄をすることで稼ぎたいと考えています。自分にしかできないことや自分の思いのある事に傾倒することで対価を得たいです。最近、自分がどんな事に向いているのかやどんな事ができるのか、少しずつわかるようになってきました。それを人に評価してもらえることも嬉しいです。もっと自分にできる事の価値を高めていきたいし、それをもっと多くの場に還元していきたいと思っています。

つまり、稼ぐための活動自体にも幸せを求めているんです。

自分のした事がすこしでもどこかの誰かの役にたつのならそれ以上素敵なことはないと思います。

 

しかし、少し稼ぐことに意識がでて来たために最近悩みもでてきました。

とある組織運営を"していかなければいけない"立場になったのですが、それに時間を割くことでは金銭的な対価が得られないと躊躇している自分がいると気づいたんです。

お給料が出れば、その活動は喜んで引き受けます。私にとってその活動は、楽しくもありますが苦しくもあります。正直、わざわざ苦しんでまで無給で働きたくなどないです。もっと他に楽しい事をやりたいですし、苦しくても対価が得られる活動もあります。やればやりがいはあります。でもやりがい以上に苦しいことがたくさんあります。できる事なら逃げたいです。やりたくない。

おかねを求めてしまっている自分がいる事は悲しいですが、自ら好んでやる必要があるのか考えてしまいます。でも、ここまで考えている時点で、その活動への愛は確かで、私にはやるしかないんじゃないかとも思えます。

 

多分、行動を起こすときに考えるべきは、

・お金以外の価値があるとすれば具体的にどんなものか

・その活動が自分にとって大切なものであるか

・やらないとすれば他にどんな事をするのか、やるとすれば目標は何か

このへんなのかなと。

 

お金が全てでは無いけど、おかねがあればパフォーマンスもあがるし責任感もでるしやりがいも感じられるのになって思います。それに、ある意味給料は雇用主が雇用者の生活を支える意味での責任でもあると思います。

でも、中高での生徒会活動などはこんな浅ましい考えもなく無心でやっていました。きっともっとまっすぐな気持ちで物事に向き合わなければいけないのだろうなとも思います。もっとこれについては考えて、自分なりの答えを出してみせます。

 

冒頭でも触れた堀江さんですが、もう一つ印象的な言葉があります。

「時は金なり・Time is moneyは間違いで、時は人生そのもの・Time is Life」だとどこかでおっしゃっていました。

時は金とは比べものにならないほどに重要で、時こそ人生であるのだからお金で時間が変えるならそうしない手はないのだそうです。お金は稼ごうと思えば稼げるが、時間は戻せないし欲しいと思っても得られないものです。

言われてみれば当たり前ですが、私は生きる上でお金を重要視しすぎていることは反省しなければいけないと思いました。最近「お金がない」と「時間がない」を言い過ぎているので、何かを変えなければいけないようです。